平成23年(2011年)沖縄遺骨収集奉仕活動

2月20日(日) 第38回金光教沖縄遺骨収集奉仕参加

残念ながら、本日は朝から雨…。
しかしながら、こんな事でめげる人は誰も居ませんよ。確かに雨の日の遺骨収集は「やりにくい」という面は否定できません。が、ここはひとつ雨具がボロボロになるほどジャングル行を徹底して、雨具屋さんを儲けさせてやろうじゃありませんか。(笑)

という事で、本日は雨によるスリップや転倒事故に十分注意しながら、安全に作業を遂行し、午後4時からは、全員揃って現地慰霊祭に参列致しましょう。

各班の調査・収集担当区域は、5班も含めて全班が水源地から東側を捜索する事になりました。繰り返しますが、転倒事故に十分注意しながら、一年間ため込んだエネルギーを全てはき出すが如く、頑張って御遺骨を捜しましょう。イエ~イ。(^^)/

朝の御祈念、ミーティング

遺骨収集の様子1

いつものようにまず最初に摩文仁山頂に向かい「朝の御祈念」を執り行います。本日は残念ながら雨具が手放せない一日となりそうですが、雨脚が強まらない事を祈るばかりですね。

遺骨収集の様子2

朝のご祈念を奏上している皆さんです。人それぞれに思いを込めて祈っています。

遺骨収集の様子3

林先生が昨日の収骨状況の説明と、本日の各班の担当区域の割り振りを説明して下さいました。本日はあいにくの天候となりました。ジャングルはすごく滑りやすくなっているはずです。滑って転んでケガというような事が無いよう、各自十分に注意しながら遺骨収集作業を進めてまいりましょう。

遺骨収集の様子4

昨日と同じように嶺井さん主導で、朝の準備体操を行いました。

遺骨収集の様子

年を重ねると体が本当に “固く” なりますね。初動を快適にする為にも十分に体をほぐしておきましょう。

海岸線で探索作業開始

遺骨収集の様子5

夜半からの雨は止む気配が無く、常用している崖下に降りるルートがとても危険になりましたので、写真手前側に写っている砥綿さんら若手の参加者数人が、縄ばしご等を設置し高齢者や女性、子どもでも安全に降りられるように対応しました。このような安全防護対策措置において、若者が大活躍したことは申すまでもありません。

これらの一連の安全防護対策措置作業においては、上からの指示ではなく、参加者自らが経験上必要な安全措置のレベルを、自ずから計算しての対応であったと言えます。改めて金光教遺骨収集参加者の経験の深さと、そこから得られた安全ノウハウの徹底と施工に、ただただ驚くばかりでした。

遺骨収集の様子6

安全対策が施され、さあ参加者が縄ばしごを降りはじめました。

遺骨収集の様子7

「滑って崖下へ真っ逆さま」という事態にならないよう、通路崖下側には砥綿さんら若手数人のメンバーが一定間隔で張り付き、参加者の無事な下降をサポートしようと懸命に努力して下さいました。

遺骨収集の様子8

上と下とで声を掛け合い連携して、安全に降りられるよう注意深くサポートします。

遺骨収集の様子9

参加者が互いに助け合いながらサポートし合い、見事に女性や高齢者の方々も含め、全員無事に崖下に降りられました~。

遺骨収集の様子10

3班メンバーは、さっそくテントを外し、昨日に引き続き同様な作業を開始しました。

遺骨収集の様子11

5班地元沖縄グループの方々が水源地コンクリート上でご祈念をしています。

遺骨収集の様子12

現在5班のメンバーが居る場所付近から摩文仁を見ています。

1班の作業の様子

遺骨収集の様子13

昨日御遺骨を発見した1班メンバーも、すでに岩場に張り付いて作業を再開しましたね。

遺骨収集の様子14

本日の1班は大きく重い岩を移動するのがメインの仕事となるそうですから、雨で岩が非常に滑りやすくなっていますので、慎重に作業を進めて下さいませ。

遺骨収集の様子15

上からもロープで支えて支援しています。

遺骨収集の様子16

大きな岩をロープで縛り上げ、上に持ち上げようとしています。やはり大勢の男性のパワーは圧倒的ですね。大きな岩がグイグイと動いていきました。

遺骨収集の様子17

あの手この手で岩を移動し、少しずつすき間も広くなり、可能な限り手を入れて御遺骨の収骨を進めているところです。

3班の作業の様子

遺骨収集の様子18

3班の皆さんも大きな岩を手渡しで、次から次へと運び出しているようですよ。

遺骨収集の様子19

昨日初日の朝と比較してずいぶんと掘り進みましたね~。

遺骨収集の様子20

皆が横に並んで掘り進めます。御遺骨がある場所は慎重に掘り進めています。

遺骨収集の様子21

見て下さい、この岩石の山。全員で力を合わせると凄いパワーになるんですね。

遺骨収集の様子22

ご覧下さい。各種作業が連携して流れ作業のように進んでいるのが見てとれるでしょう。

遺骨収集の様子23

金光教遺骨収集で特徴的なのは、小さな御遺骨を見つける努力を怠らないことです。こうした姿勢と努力には、心を打たれるものがありますよ。

5班の作業の様子

遺骨収集の様子24

5班、地元沖縄の人達が大きな岩陰で収骨作業をしていました。

遺骨収集の様子25

5班の嶺井さんご夫妻と、もう一方は名前を忘れてしまいました。すいませ~ん。

遺骨収集の様子26

5班のベテランさんである比嘉さんと花村さんですよ。

遺骨収集の様子27

発見された御遺骨です。直接的に雨に触れない場所なので、御遺骨が白っぽく見えますね。

遺骨収集の様子28

お昼時にお邪魔しました。左からベテランの吉井さん、一般で今年初参加の武田さん親子です。偶然三人とも愛知県出身という事で、話が盛り上がっていました。中央の武田お母さんは、他の団体で沖縄遺骨収集を体験済みですが、今年初めて金光教の沖縄遺骨収集に参加して下さいました。

遺骨収集の様子29

沖縄在住で、いつもいつも頑張ってクマデを振っている樋口さんです。

3班の作業の様子

遺骨収集の様子30

また3班の作業現場に戻ってきました。撤収時刻も迫ってきましたが、可能な限り作業を前進させようと頑張っています。

遺骨収集の様子31

ミニ採石場みたいな雰囲気になっていますが、皆さんが頑張って作業を継続しています。

遺骨収集の様子32

皆さんがそれぞれ思い思いの道具を用いて作業しているのが見てとれますね。

御遺骨発見現場の様子

遺骨収集の様子33

※ご覧下さいませ。ここが御遺骨発見現場に至る入り口部分です。御遺骨発見者である高橋先生は、ご覧のような細い篠竹が密集し、とても前進出来ないと思える所を、剪定バサミでまず自分自身が潜り込める範囲を切り開き、頭から藪の中に潜り込み内部の空隙に到達、そしてついに御遺骨発見に至ったのです。凄いの一言に尽きますね。

「この藪を切り開いて中に潜り込んでみよう」という発想事態が、生中な判断力では行い得ない見事な決断であったと言えるでしょう。高橋先生の長年参加の経験に裏打ちされた “直感” がそうさせたと言っても間違い無いでしょう。

遺骨収集の様子34

篠竹の藪を通り抜けると、ご覧のように人が立てるぐらいの空間が広がっていました。写真中央すでに御遺骨が1本見えますね。

遺骨収集の様子35

御遺骨を撮影させていただきました。
大腿骨が見えますね。骨盤に接続する丸い部分「大腿骨頭」があるので間違うこともありません。よく見ると大腿骨の手前側に大腿骨頭が入る丸い形をした骨盤も見えますね。

遺骨収集の様子36

付近にいた人達総出で発見現場の周囲を明るくするための作業を開始しました。御遺骨発見時刻は午後2時37分頃です。金光教では、「作業撤収時刻が近づくと御遺骨が発見される」というジンクスがありますが、正にその言葉通り、今年も作業終了が近づいてから御遺骨が発見されました。

遺骨収集の様子37

刈り取られた枝葉はどんどん後方に送られていきます。

遺骨収集の様子38

少しずつ御遺骨発見現場に近づいていますよ。

遺骨収集の様子39

この先に御遺骨があるのです。

遺骨収集の様子40

篠竹は細くて硬くて…。容易には前進出来ませんが、皆が手分けして篠竹を切り開き、少しずつ近づいています。

遺骨収集の様子41

篠竹との格闘が大変でしたが、あと一息で御遺骨発見現場に到達ですね。

遺骨収集の様子42

「御遺骨が見えた」との声が発せられました。

遺骨収集の様子43

収骨現場は大きい岩に挟まれ、とても狭く大勢で集中しての作業は困難である事が判明し、これから慰霊祭が予定されていることから、徹底した収骨は来年実施するという話になり、地表に露出している御遺骨のみ収骨させていただきました。骨盤、大腿骨、脛骨、腓骨が見えます。足の片側の太い骨がすべて揃っており、足首や足先の細かい御遺骨も土石に混じってあると想像されます。(「大腿骨頭」がもう一個見えます)

手榴弾も一緒に発見された事から、日本軍将兵のご遺骨と思われます。またこの段階ではまだ氏名が判別できる遺留品等は発見されませんでした。来年の精緻な収集作業に期待ですね。
御霊様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。m(_ _)m

現地慰霊祭

午後4時となり、現地慰霊祭が開始時刻となりました。テント内に設けられました祭壇中央には「沖縄戦全戦没者之霊」と書かれた霊標が立てられ、その横には参加者全員による二日間の捜索と収集作業により発見された御遺骨が、お清め作業により綺麗サッパリとした御遺骨となって、新しい段ボールの箱に収められ安置されています。

また祭壇には、ご神酒や沖縄の泡盛、タンカン、みかげ饅頭、金光煎餅などのお供え物も八台の三法に整え供えられており、慰霊祭の準備が整えられています。参加者全員がテント内や周囲に集まり、龍笛と篳篥とによる中正楽が奏でられる中、祭主である金光教那覇教会の林先生の主導で沖縄戦戦没者現地慰霊祭が始められました。

全員による 「霊前拝詞」 奉唱がまず行われ、そして那覇教会の林先生が朗々と、現地慰霊祭祭詞を奏上していきます。祭詞の文脈には沖縄戦の実相を如実に表現している事の反映が大きいでしょうが、林先生の朗々と読み上げる長文の祭詞の中には、戦没者への深い哀悼の思いが散りばめられ、非業の死を遂げた戦没者の無念だったであろう思いを朗々と語っているからなのでしょう。心の奥深くに入ってくるその言葉が、涙となって頬を伝い流れます。

祭典は霊前拝詞奉唱、祭詞奏上と続き、そして祭主が玉串を捧げ奉った後は、続いて23名の代表者が玉串を次々に祭壇に向け捧げました。そして全員で祖先賛詞を奉唱して、現地慰霊祭を滞りなく終えました。

逃げる間もなく至近弾の直撃で吹き飛ばされた人、ナパーム弾やガソリンの火炎を浴びて、灼熱地獄の中息絶えた人、負傷し身動き取れない中で、誰にも看取られずに死んでいった人…。

今は静かな波音だけが聞こえるここ摩文仁も、ひとたびジャングルに入れば、往時の “戦争の残像” を容易に見つけることが出来ます。

安閑で平和すぎる現代社会に暮らす私たちではありますが、洞窟の中で、そして岩陰で、誰にも看取られずに非業の死を遂げられた皆さま方のご安心を願う人達が、戦後66年経た今でもこうして摩文仁に集っている事を、どうぞ天から見届けて下さいね。

私たちが今こうして幸せに暮らせるのも、あなた方があの困難な時代を、精一杯そして最善を尽くして生き抜いてくれた結果であるという事を、私たちは十分に承知しています。

私たちは、いつの時も歴史は連続してつながっているという事を決して忘れません。あなた方が進もうとした方向を受け継ぎ、私たちもまた歴史の先に生まれる児孫が幸せな社会に暮らせるよう、あなた方と同じ方向を目指してこれからも最善に生き続けます。

あなた方の叶えられなかった思いを抱きながら…。

現地慰霊祭

遺骨収集の様子44

全国から総勢105名もの方々がここ摩文仁に集い、「沖縄戦全戦没者之霊」と書かれた霊標の前で、那覇教会教師の林先生主導で現地慰霊祭が始まりました。現地慰霊祭は「霊前拝詞」から始まります。「あわれ霊神達はや 遠く久しき天地にまたなき生命享けまして 現身の齢の長き短きほどほどに 負いもつ務めに勤しみたまいし一代のみあとは永久に遣りて…」

遺骨収集の様子45

参加者の皆さんが「霊前拝詞」を祭主の林先生と共に奏上している様子です。

遺骨収集の様子46

那覇教会の林先生が「現地慰霊祭祭詞」を奉上しているところです。毎年の事ですが胸に染み入る文脈です。 沖縄を誰よりも愛する林先生の、また惨劇の場たる沖縄の世界平和への礎にならんと、祭主たる林先生の思いが込められた、かなりの長文ですが、私たちも心を静め一緒に文脈を追います。

遺骨収集の様子47

「祭詞」を聞き入る参列者の皆さんです。

遺骨収集の様子48

参加者を代表して「玉串」を献上しています。

遺骨収集の様子49

参加者を代表して「玉串」を献上しています。

遺骨収集の様子50

参加者を代表して「玉串」を献上しています。

遺骨収集の様子51

参加者を代表して「玉串」を献上しています。

【摩文仁、具志頭で沖縄戦遺骨収集】 金光教、全国から105人

「琉球新報」平成23年2月20日

【糸満】金光教沖縄遺骨収集奉仕グループ(林雅信代表)は19日、糸満市摩文仁と八重瀬具志頭で沖縄戦当時の遺骨収集作業を行った。20日は作業と慰霊祭を行う。

1974年に始め、今年で38回目。全国各地から105人が参加した。摩文仁の海岸では、生い茂る草木を刈りながらロープを伝って崖下まで下りた。昨年、子供の物と思われる頭骨が見つかった場所では、岩や土を取り除きながら、埋もれた遺骨を収集した。

77年に初めて参加し今回26回目の才田孝夫さん(76/福岡県)は「初参加の時に母子の遺骨を発見したのが忘れられない。今後も続けたい」と語った。

この日は、細かい遺骨が収集された。林代表(71)は「信者以外の参加者も増えている。遺骨の数を集めるのが目的ではない。摩文仁を歩いてもらうだけでもいい」と話した。

「琉球新報」から転載させて頂きました

【県内外から105人 南部で遺骨収集】 金光教が奉仕活動

「沖縄タイムス」平成23年2月21日

【糸満市】第38回金光教沖縄遺骨収集奉仕が19、20日の両日、糸満市摩文仁や八重瀬町具志頭などの沿岸付近を中心に行われた。今回は県外を合わせて105人が参加、草木を除いて土を掘り、作業に当たった。2日間で、昨年から引き続いた1柱分を収集した。

昨年の遺骨収集で、子どもの頭蓋骨とみられる骨が見つかっており、今回同じ糸満市摩文仁付近からあごの骨などが収集されたことで1柱とした。奉仕団は20日、県平和祈念公園内で慰霊祭を行い、戦没者を追悼した。

京都府から一般で初めて参加した星崎奈美さん(40)=アルバイト=も、骨を拾った。「学生時代から機会があれば、遺骨収集の手伝いをしたいと思っていた。また来たい」と話した。

金光教那覇教会の林雅信さん(71)は「遺骨は収集に入れば出て来る。これで終わりということはない」と継続の重要性を実感していた。

「沖縄タイムス」から転載させて頂きました

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