遺骨収集の諸注意点

「服装・装備」リストの作製、そして次の段階としての購入するなどの準備状況はいかがでしょうか。物事は形から入るのが常道です。ここでは「服装・装備」が一定レベルですでに整い、いつでもジャングルに入れる状態にあるという前提で、次の段階として遺骨収集を実施する際の諸注意点を解説したいと思います。(^o^)

「遺骨収集を実施する際の注意点」を解説するにあたり、「一般的なマナー」、「ジャングルに潜む危険」、「発見率を上げるためのポイント」 の、三つのカテゴリーに分けて解説させて頂きます。特にこれから沖縄で初めて遺骨収集をやる予定の方々は、この諸注意点を三回は読んでみて下さいませ。沖縄のジャングルに入ってから、「読んでおいて良かった」と、きっと思われますよ。(^o^)

サイト管理者注;
例えば沖縄と硫黄島の遺骨収集では、諸注意点に限ってみても、共通する部分もあるでしょうが、まるで違う諸注意点もあるでしょう。このように実施される遺骨収集地域の時節における気象や地形を含む環境特性、あるいは主催団体の調査・収集方針などにより、「遺骨収集を実施する際の諸注意点」は微妙に変わってまいります。ここでご紹介している「遺骨収集を実施する際の諸注意点」は、ハブなどの毒蛇が冬眠している12月から2月頃までの間に、喜屋武や摩文仁、具志頭などの沖縄県南部戦跡で遺骨収集をする場合においての解説 であると、ご理解下さいますよう御願い致します。

【沖縄戦跡国定公園】

沖縄戦跡国定公園の広さは81.3km²(陸域31.27km²、海域50.03km²)と広大な地域となっています。戦跡としては国内唯一の国定公園でもあります。域内には平和祈念公園、平和の礎、黎明之塔、島守の塔、そしてひめゆりの塔、魂魄之塔など多くの慰霊塔・慰霊碑が所在し、沖縄南部観光スポットのほとんどが含まれる国定公園となっています。

遺骨収集のマナー

一般的な各種ボランティア活動にも同じように言えることですが、「遺骨収集奉仕活動」でも、活動の善意を強調しすぎるあまり、謙虚さが希薄になると、せっかくの奉仕的意義を台無しにしかねない、独りよがりの善意のばらまきに陥りやすいという点に注意しなければなりません。

私たちが行おうとしている遺骨収集奉仕活動は、「手弁当による、自発的であり、とてもやさしい心根の人々による、尊い奉仕活動である」 という事に間違いありませんが、見方によっては "山を荒らしている" と言われかねない行為をしている事にも、思いを巡らさない訳にはまいりません。

私たちが分け入る事となる「沖縄戦跡国定公園」は、沖縄県糸満市、八重瀬町にまたがる、面積81.3キロ平方メートルにおよぶ広大な国定公園に指定された区域ですが、海岸線であっても、また岩ばかりの山の斜面であっても、そして隣接する草原や農耕地なども、そこは管理者および所有権を有する地権者が存在する場所に立ち入るという事を、いつの時も忘れないようにしたいものです。

もしも仮にあなたが、摩文仁一帯の管理者、あるいは地権者であるとしますよ。「摩文仁一帯に、毎年寒い冬になると、ヘルメットを被りクマデを持った集団がやって来て、なぜか道を歩かずに、木を切り倒し、草をなぎ倒してジャングル内に入っていき、目的のものを見つけると、広い面積の木を切り、草を刈り取り、土を掘り返したり、大きな岩を移動させて穴を掘ったりしている。しかもやりっ放しで、掘り返した土砂や岩を元通りに戻すこともしない。とても危険な洞窟の中でも、同じような事をしているらしい…。」

いかがでしょうか。あなたは国定公園内の行為として、また地権者として、どれくらいの寛容さを保持できるでしょうか~。(^o^)

遺骨収集奉仕活動では、謙虚さと節度ある行動、熱くなりすぎない目的意識が求められている所以ですよ。

1,植物や樹木にダメージを与えない

「沖縄戦跡国定公園」 に指定されている喜屋武、大度、摩文仁、具志頭に連なる海岸線は、沖縄戦の渦中では多くの避難民が隠れていましたが、掃討戦により多くの方々が殺戮された場所です。沖縄戦当時の写真がいくばくか残されていますが、私たちの想像を超える激しい艦砲砲弾による破壊と、広範を焼き払うナパーム弾やガソリンの空中散布により、緑地帯はそのほとんどが焼き払らわれ、これら一体は石灰岩がむき出しの 「白い岩山」 と化していました。摩文仁は、激しい破壊に耐え、あれから60余年の歳月を経て、現在は沖縄戦以前の沖縄固有の植生こそ失われましたが、緑深い森を再び取り戻すことが出来たのです。

登山では一株のコマクサにも心配りしながら歩くのに、遺骨収集奉仕活動では、バッサバッサと草木をなぎ倒して前進します。これはやむを得ない事でもありますし、お気持ちはよく解りますが、これから遺骨を探すのであり下草刈りをしようというのではありません。それにたった一度しか歩かないのですし、今から登山道を造ろうというのではないのですから、目視で遺骨を探したり、人が前進するのに支障のないレベルで刈り取ったらオッケーとして、必要以上に草木を刈り取るのは控えましょうね。

パパイヤ

パパイヤの様子

見て下さ~い。ジャングルで天然物のパパイヤの木を見つけました。ちなみに沖縄のジャングルで、これまでに自生するパパイヤとバナナを見たのは共にたった1本だけです。沖縄と言えども極めて珍しいと言えますね。バナナの木を発見した時は、珍しさに感激しまして申し訳ないとは思いましたが、木の背丈が低かったことから、失敬して試食させてもらいました。樹上で完熟しておりとても甘かったです~。(^^;)

よく見ると、ひとつのパパイヤが何者かに食べられたというように穴が開いていますね。キツツキのような鳥か、又は猿のような動物か…。考えれば考えるほど興味は尽きないですね~。(笑)

ところでパパイヤは夏の暑さに強くとても強健ですし、成長が早いことから沖縄では戸建ての庭に植えられているケースが多いですね。未熟果つまり青いパパイヤは、あえものやチャンプルー、そして煮物にと多様な料理に用いることができますから、沖縄では欠かせない「野菜」だそうですよ。また昔の沖縄は飢饉が多かったそうですが、飢饉に対する危機管理食料としても各家庭に植えられていたそうです、ですから現在でもパパイヤはあちこちで見かけるのですね。
【平成23年(2011年)2月撮影】

ブーゲンビレア

ブーゲンビレアの様子

沖縄で、ハイビスカスと共によく見かける熱帯花木ですよね。ブーゲンビレアの花びらのように見える部分は、は苞(ほう)といい葉が変化したもののようです。ブーゲンビレアは生育旺盛で病気や害虫の被害も比較的少なく育てやすい植物と言われています。
【平成21年(2009年)1月撮影】

2,動物にもダメージを与えない

沖縄は熱帯系の動物が分布する北限に入っており、国内でも有数の貴重な野生動物が多い事で知られていますね。西表島などに生息するネコ科のイリオモテヤマネコ (国指定特別天然記念物) などがよく知られています。その他は知らないんですけど~。ちなみに摩文仁ジャングル内で、これまで二度ほど、捕獲網を持ち、蝶を探しているという地元の蝶愛好家に会いました。捕まえるのかどうかは定かでありませんが、ここ摩文仁一帯はかなり珍しい蝶が生息しているという話でした。「ファーブル昆虫記」 を一度も読んだことのない私には、遠い世界のお話なのですが…。

遺骨収集奉仕活動は、ハブが冬眠している "冬期" に行われるという事から、野生動物や昆虫類の多くが冬眠中であると考えられ、実際にジャングル内で見かけるのは限られた種類となっています。ただ沖縄の二月といえば緑薫る芽吹きの季節ですが、探索や作業中に蚊の執拗な攻撃を受けたりしますので、沖縄の季節はどうなっているのか、未だにつかめずにいますね~。

遺骨収集奉仕活動においては、草を刈り払い土を掘り岩を移動したりしますので、冬眠中の野生動物の "睡眠妨害" をする可能性が高いです。土などを掘り起こした際に、昆虫や動物が這い出してきてしまったら、野生動物保護の観点から、なるたけ速やかに原状回復に努め、そっと埋め戻してやりましょう。すみやかに原状回復して下されば、見なかったことにします。(笑)

洞窟といえば「洞窟学」という立派な研究ジャンルがあるそうで、地理学・地質学・考古学・生物学・火山洞窟学等々、広範な学問分野にわたって研究が続けられているそうですよ。洞窟内からは、現在見ることのできない絶滅動物の標本や化石が発見されたりするそうです。また、洞窟や地下水には、地上の生物と異なり、目の機能を失ったりと特殊な生物が生息していますし、コウモリなど洞窟と外界とを行き来する生物なども多数生息しているという話です。

コウモリといえば、冬期は洞窟内でコロニーを形成して冬眠しているせいか、遺骨収集奉仕活動では、洞窟内外で飛翔している姿は見たことがありませんね。コウモリは非常にデリケートな生き物だそうですから、集団で冬眠しているところに、撮影のためにフラッシュをやたらと浴びせるのは、コウモリにとっては大迷惑だそうですから避けましょう。洞窟内は外界と違い、千年万年と悠久の時を刻んでいるそうですよ。そして洞窟内環境は極めて繊細でデリケートだそうです。

洞窟内で守らなければならないマナーは多いですが、「洞窟内で大小便をしてはいけない」 という点は、しっかり厳守しなければなりませんね。もしも洞窟内でウンチをしたら、悠久の時を刻む洞窟ですから、2000年経過しても、ウンチがそこに鎮座したまま残っているかもしれませんよ。(笑)

ヤシガニ

ヤシガニの様子

摩文仁の海岸沿い窟内で見つけた、沖縄県指定の天然記念物ヤシガニです。近年個体群が激減し環境省版レッドデータブックでは「絶滅危惧II類」に分類されています。ヤシガニは夜行性で、昼間は岩の割目や洞窟の中を巣にして潜んでいますが、夜は巣穴から出てアダンの実やその他の木の実を食べているそうです。洞窟内などでヤシガニを発見したら、睡眠中だと思い、そっとしておいて下さいね。
【平成21年(2009年)1月撮影】

ヤシガニの様子

同じくヤシガニですね。壕というより小さな穴の中に居ました。驚かしたら可哀想なので、すぐその場を離れました。
【平成23年(2011年)2月撮影】

イソヒヨドリ

イソヒヨドリの様子

スズメ目ヒタキ科のイソヒヨドリです。全長23cm程度で、雄は背面が青色で腹側が赤茶色です。雌は全身褐色で、鱗状の斑紋があります。本州以南に分布しているそうですが、スズメと同じように、沖縄でも市街地などに生息する身近な鳥のようです。実際にこのイソヒヨドリを撮影したのも、野外に椅子テーブルが備えられた地元のレストランでしたからね。大きな美しい声でさえずるそうですが、まだ鳴き声を聞いたことは無いです。
【平成21年(2009年)1月撮影】

コウモリ

コウモリの様子

ある洞窟内の天井を撮影しましたが、コウモリが居ますね。コウモリはこのようにコロニーを形成して過ごすみたいですね。冬は基本的に冬眠するそうですが、コウモリは極めてデリケートな生物だそうですよ。洞窟内に住むコウモリを撮影したのは、今回が初めてでしたが、このコウモリを撮影した後、松永さんにこっぴどく叱られました~。(^^;)(^^;)(^^;)

コウモリが、フラッシュの強烈な光に驚いてしまうので、フラッシュをコウモリに向けるのは厳禁だそうです。それでなくとも、沖縄のコウモリの生息数は激減しており、その観点からもコウモリの撮影時には絶対にフラッシュを使用しないようにとの警告を受けました。この大厳罰を教訓に、これ以降はコウモリを撮影することはしない事にしました。ごめんなさ~い。(^^;)
【平成21年(2009年)2月撮影】

コウモリの糞の様子62

コウモリのコロニーの下には、大概糞の山がありますね。コウモリの糞はご覧のように、焦げ茶色のツブツブといった雰囲気です。ちなみに糞を餌にするゲジゲジ?(節足動物)が居ましたね~。
【平成21年(2009年)2月撮影】

オオゲジ

オオゲジの様子

多種類のゲジゲジの中にあって、その大将がこのオオゲジです。身体の本体部分は5~6㎝といったところですが、足の先まで入れると15㎝から20㎝は普通にあると思います。このオオゲジは、遺骨収集奉仕活動をしていると結構な確率で見ることが出来ますよね。今から4年前の話ですが、とても狭い壕で、投げ込まれた生活ゴミを掘り出していたら、両手が動かせない状況で、いきなりこのオオゲジが目の前に現れて、私の鼻の穴に入ろうとしたので、ギャ~~~~~と叫んでしまった事がありました。(笑)
【平成21年(2009年)2月撮影】

ハ ブ

遺骨収集の様子35

「ギャ~、ハブだ」 と言いつつ、よく見たら抜け殻でした。(^^;)

遺骨収集の様子35

「ギャ~、ハブだ」 と言いつつ、よく見たら抜け殻でした。(^^;)
【平成29年(2017年)1月撮影】

クロイワトカゲモドキ

クロイワトカゲモドキの様子

糸満市新垣の洞窟内で見つけた、沖縄県指定の天然記念物クロイワトカゲモドキです。近年個体群が激減し環境省版レッドデータブックでは「絶滅危惧II類」に分類されています。 クロイワトカゲモドキは、大きさは14~19cmぐらいで、背中の模様は個体群による変異が多く見られます。またトカゲのように見えますがヤモリの仲間で、沖縄諸島と徳之島に固有で、原始的なトカゲモドキ科に属します。 夜行性で昆虫やクモ、ムカデ、ミミズなどを食べ、主に山地の森林や石灰洞に住んでいますが、完全な夜間活動性で、昼間にみられることはないそうです。また動きは比較的遅いですが、危機に際しては、しっぽを自切(じせつ)し天敵から逃れるそうです。
【平成22年(2010年)2月撮影】

遺骨収集の様子25

上に写真とは撮影日も撮影場所も異なりますが、同じくクロイワトカゲモドキ君ですね。上からの撮影では背中の班は見えますが表情が解りにくいので、横から撮影してみました。こうして見ると、表情がどことなく可愛くありませんか。警戒はしているでしょうが、私に興味があるのか近くに寄っても逃げませんね~。「こんにちは」と言ったら、流し目でウインクを返してくれました。(笑)
【平成25年(2013年)2月撮影】

オオゴマダラ

オオゴマダラのサナギの様子

蝶のサナギですね。成虫はマダラチョウ科のオオゴマダラだそうですよ。金色のサナギが神秘的ですね。(^o^)
【平成24年(2012年)2月撮影】

オオゴマダラ成虫の様子

サナギから羽化までの期間は、夏は1週間ぐらいで冬は1ヶ月ほどだそうです。写真はタテハチョウ科マダラチョウ亜科に分類される、白黒のまだら模様が特徴的な「オオゴマダラ」が花の蜜を吸っているところです。綺麗ですよね。(^o^)
(※上のオオゴマダラの写真は、下掲サイトからウエブマスターに連絡し、転載許諾を得た上で掲載させて頂きました。ありがとうございました。)

ナナホシキンカメムシ

ナナホシキンカメムシの様子

ナナホシキンカメムシです。説明の必要にないぐらい鮮やかな色彩ですよね。大きさは20ミリぐらいでしょうか、小さいのですが華やかな宝石のような装飾を身にまとっていますからとにかく目立ちますから、目の前に現れれば見逃す事はないと思われます。アカギやオオバギの葉に居る確率が高いと言われていますので、これらの樹木がある場合は樹液を吸いに来ているので探してみて下さい。
【平成27年(2015年)2月撮影】

ナナフシ

ナナフシの様子

ナナフシという虫です。このナナフシが草木の中に居たらまず見つけられません。例え写真に収めてもどこに居るのか見極めが付きにくいと思われましたので、長靴を履いているメンバーか居たので、その長靴に張り付かせて撮影したものです。これならナナフシの様子がバッチリ観察できますね。
私はナナフシのような虫が居ることをこの時に初めて知ったのでした。遺骨収集を終えて自宅に戻り、春になってから自宅花壇の中を観察しましたら、何とナナフシが居ました。「自宅にも居た~~~」と叫んでしまいました。ちなみに自宅に居たナナフシは擬態といいましょうか、茶色がかっていました。(^o^)
【平成27年(2015年)2月撮影】

サンゴの赤ちゃん

遺骨収集の様子68

サンゴの赤ちゃん発見。 (^o^)
摩文仁では、移動のため引き潮時を利用して海岸線を行き来する場合も多いです。ここは大渡海岸と摩文仁の砂浜との中間点辺りです。珍しく大きさが3センチぐらいのサンゴの赤ちゃんを発見したので撮影しました。あと100年もすると、珊瑚礁に埋め尽くされた海岸線になるのでしょうか。(笑)
【平成25年(2013年)2月撮影】

3,お墓の敷地には立ち入らない

掘込墓(フィンチャー)、平葺墓(ヒラフチバー)、亀甲墓(カーミヌクーバカ)、破風墓(ファーフーバカ)、屋形墓(ヤーグァーバカ)などなど、沖縄ではいろんな形態のお墓を目にすることが出来ます。そのなかで亀甲墓が私たちには一番印象深く、ユニークであり、誰でも見たことのあるお墓ではないでしょうか。 (^o^)

亀甲墓は実にユニークな形状をしていますが、これはズバリ女性の胎内を表現したものなんですね。私は入った事がないのですが、女性の下腹部に相当する内部の石室内に入ってみると、その意味づけがよく理解できると言われています。亀甲墓には、「人は産道を通って生まれ落ち、死後はまたその産道を通って子宮に帰る」 とされる、母胎回帰の思想が色濃く反映されていると言われています。

また「門中墓」とも呼ばれ、血縁関係がある一族が同じお墓に入るというのも、大きな特徴ですね。そのような歴史風俗を持つ沖縄の葬祭慣習ですから、本土のお墓と比較して、沖縄のお墓は、そこに暮らす人々にはとても身近な存在であり、親しみの持てる場となっているのです。

そうした一族結束の大切な場を、「理由はどうであれ、お墓の敷地内を通路にされた ――。」沖縄の人だけでなく、我が家のお墓でこのような事をされたら、誰だって抗議の一声を発したくなるものですよね。

遺骨収集奉仕活動だからといって、墓地敷地内に立ち入る正当な理由とはなり得ません。確かに沖縄の亀甲墓は大きいですが、目的地に行くのに墓地敷地を避けたらかなり余計に時間が掛かるなどというほど困難な地形の場所はほとんどありませんから、余程の事由がない限り墓地敷地内には立ち入らないようにしましょう。

ごくまれに、どうしても墓地敷地内に入らせてもらわないと前進できないという事例も過去にありましたが、その場合は、少なくともお墓に向かって、手を合わせるのを忘れないようにしましょうね (^o^)。

沖縄のお墓

亀甲墓の様子

沖縄ではよく見かける亀甲墓です。崖下や山の斜面に設けられる場合が多いですね。それにしても本土のお墓と比べて、実にユニークな形をしています。
【平成23年(2011年)2月撮影】

屋形墓の様子

このお墓は、屋形墓(ヤーグァーバカ)でしょうかね。断定は出来ませんが…。門中墓という文字が見えますね。凄いのはお墓の設置年月も彫り込まれているのですが、なんと大正2年9月となっています。歴史の古さにビックリしました。
【平成26年(2014年)2月撮影】

亀甲墓の様子

門中のお名前は消させて頂きました。とても大きな「亀甲墓(きっこうばか)」ですね。幅は目測で10メートル以上ある印象です。沖縄のお墓は「破風墓」「屋形墓」とか色んな種類がありますが、この写真のお墓は「亀甲墓」と呼ばれるものです。写真中央部に墓の中に入る出入り口がありますね。内部はとても広くて6~8畳もあるそうです。一度は中を見たいと念じていますが、何時の事になるやら…。

墓全体の形状が亀の甲羅に似ているところから「亀甲墓」と言われますが、真実は女性の子宮を模したものし言われ、墓の入り口が産道に当たると言われています。人は母親の胎内から生まれ、死ぬとまた母親の「胎内」に戻っていくという「母体回帰」の風習によるものと言われています。ちなみに門中とは親戚の事で一族でお墓に入るのです。ある意味とても合理的ではないでしょうか。「清明祭」や「旧盆」などでは、一族が墓に集まり墓前に香をたき、泡盛や重箱を供えて酒を酌み交わしますが、私も何度かそんな風景を目撃しています。
【平成29年(2017年)1月撮影】

4,「風葬墓」の遺骨には手をつけない

本土では、野山に人骨が置いてあるなどという事になりますと、「すわ、殺人事件か!」 となるはずですが、ここ沖縄では一部地域ではありますが、現在でもごく普通に人骨が野山に置いてあるのです。もちろん、だからといって警察が捜査を開始したりはしません。

風葬(ふうそう)とは、一定の期間遺体を野山にさらしておき、白骨化した骨を、海水で洗い清めたのち、瓶に入れて崖下や洞窟などに置いておく葬制です。風葬墓とよばれる場所は、「ティラバンタ(葬所)」 といい、「ティラ」 は太陽、「バンタ」 は断崖絶壁という意味で、屋根のない石囲いの中に遺体を葬るものが一般的です。

風葬という因習は、かつて沖縄と奄美地方などで見られましたが、本土ではそのような話は聞いたことがありませんね。ここ沖縄では、戦前まではごく普通に行われていた因習だそうですが、現在では行われていません。

現在残っている風葬墓は、かつてのものが残存しているだけです。風葬墓への墓参は、御遺族により現在でも続けられているのが現状ですが、明らかに "忘れ去られている" 風葬墓も少なくありません。また沖縄の人の話によりますと、戦後であっても金銭的に余裕が無いなどの理由で、野山に遺体を置いたという話ですよ。

沖縄戦では、 「亀甲墓」 や風葬墓の洞窟が絶好の防空壕となり、お陰で多くの人々が存命する事が出来ました。もちろん、"馬乗り攻撃" と称する激しい火炎攻撃で多くの方々が亡くなりました。

また戦後になり、山野に散在する御遺骨を地元の方々が拾い集めて、風葬墓内に安置したケースもかなりあります。結果として、風葬墓内に風葬の遺骨と沖縄戦戦没者の遺骨が混じって存在するケースも珍しくありません。風葬の骨と沖縄戦の戦没者の骨というのは、それぞれ確実に仕分けできる固有の特徴を有していますが、それら二種の骨が混在している場合、遺骨収集では特に慎重に取り扱う必要があります。

まず風葬墓内への立ち入りそのものも慎重に行う必要がありますし、遺骨を収集するにあたり最も大切な点は、経験の浅い人が判断をせず、経験豊かな人に最終的に識別してもらう必要があります。

風葬墓

遺骨収集の様子4

具志頭海岸線にある風葬墓です。白く見える御遺骨は全て風葬骨です。右側に大きな瓶が見えますが、戦前のもので割れずに残っているのは非常に珍しいですね。蓋も含めて割れてない瓶は、この時初めて見たと思います。風葬墓がある場所は、一番多いのはやはり山裾です。ジャングルの奥深い所にはあまり設けられません。これは恐らく行き来が困難だからだと考えられますし、ハブとの遭遇の危険性も増しますからね。風葬墓は、一般的に山裾の小さな横穴といえるような場所(奥行きを掘り増している可能性はあります)、或いはもう少し奥行きのある自然壕を利用するような形で、前面に石を積み上げたり、或いはセメントで固めたり、又は何もせずそのまま利用したりと、実に様々な形態が見られますね。
【平成17年(2005年)2月撮影】

風葬墓の様子

南城市知念久手堅の山中にある風葬墓です。風葬墓がある場所は、かなりの確率で写真のような赤い瓶がありますので、風葬墓か否かの判定では一つの目安として下さい。沖縄で遺骨収集奉仕活動を長年続けてこられた方がこの写真を見たなら、風葬骨に混ざって、沖縄戦戦没者の御遺骨が数多く混ざっているのを認められるでしょう。パッと見た限り、もしかしたら風葬骨よりも沖縄戦戦没者の御遺骨の方が多いかもしれません。

ここは元々風葬墓でしたが、地元の人達が、自宅周辺や畑などで収骨した沖縄戦戦没者の御遺骨を、風葬墓に投げ入れたものと推測されます。明らかに新旧の御遺骨が混在していると言えますからね。直ちに収骨したいのはやまやまですが、地元の了解も得ないで作業をする訳には参りません。当然のことながら、将来地元の了解が得られたら、この風葬墓で収骨作業をする事になります。
【平成19年(2007年)2月撮影】

風葬墓の様子2

「ガラビガマ」側には、風葬墓が何カ所かあります。その内の一カ所撮影したものです。形状を留めず白っぽく見えるのは風葬骨ですが、写真をよく見て下さい。上から眺めますと、白っぽい骨に混じって、飴色の御遺骨も混じっているのが見てとれますね。これら飴色の御遺骨の中で特に頭骨については、明らかに銃弾が貫通したと思われる穴があいていたりしますので、戦没者の御遺骨と断定出来そうです。

この写真をご覧になっている皆様もパッと見にその違いが目視出来るのでは中井と思います。この様に昔に遡るほどに風葬骨と沖縄戦戦没者御遺骨とは明確に分別が出来ました。ですから目の前にある沖縄戦戦没者御遺骨を収骨したいのは山々ですが、はっきりと沖縄戦戦没者のご遺骨と明快に断定できるにしても、安易に風葬の骨に手を付けるべきではなく、慎重を期するために、私達は御遺骨に手を触れませんでした。

※沖縄伝統の埋葬方法である「風葬墓」であるのが明白な場所では、安易に骨を持ち出すのは慎むべきです。また本来ならば、風葬の場に足を踏み入れるのにも慎重さが求められるという点を、遺骨収集奉仕活動に参加される方は十分認識しておく必要がありますね。
【平成21年(2009年)2月撮影】

5,農家の畑には立ち入らない

はっきり言って、「これは畑なのか?荒れ地なのか?」 どちらか迷う事も少なくありません 。とにかく迷った場合は、畑と認識しましょう。ここ沖縄でも離農者が後を絶たず、糸満市周辺は一大野菜生産地となっていますが、確実に耕作放棄地が増えています。ですから、ほとんど雑草が生い茂る "農地" も目につくという訳ですね。

遺骨収集奉仕活動では、そのような元農地だった場所も、現役の農地として取り扱い、立ち入らないようにしましょう。そのような元農地を近道だからといって、一人が歩き出すと皆がぞろぞろと入りかねないので、先頭を歩く人は特に注意して下さいね。「農地か荒れ地か、判断に迷ったら農地だ!」 これでいきましょう (^o^)。

サトウキビ畑

サトウキビ畑の様子

沖縄の特に南部では、ご覧のような茅にも似た植物があちこちで見られますが、私が沖縄で遺骨収集を始めた頃は、このような風景を見て「道路脇なのに耕作放棄地が多いな…」という印象を持ちましたが、やがてこれはサトウキビ畑だと知りました。昔お土産屋さんで、サトウキビの茎を売っていたので、食べたことがありますが、とても甘かったですね。当然のことながら、畑にあるサトウキビは、農家の方が丹念に育てているわけですから、ちょっと失敬というのはご遠慮下さいね。
【平成21年(2009年)1月撮影】

6,飲食物などのゴミは全て持ち帰る

摩文仁はかつての富士山と同じぐらい、ゴミに埋もれている地域といっても過言ではありません。業者が捨てる産業廃棄物がその最たるものですが、その他個人的に粗大ゴミや家庭ゴミを人気のない道路脇の林の中に捨てたり、縦穴洞窟の中にゴミや粗大ゴミを投げ込んでいる例がいたる処にあるのも事実です。

しかしながら、だからといって私たちの遺骨収集奉仕活動で、すべてのゴミを持ち帰るという規律が緩くなっても良いという理由にはなりませんね。昼食時の弁当の食べ残しや包装容器、その他ドリンク類の空き缶・空き瓶、使い終えた電池、タバコの吸い殻、そして慰霊の為に置いたお菓子などの包装プラスチック類、燃え切らなかったロウソクも含めて、一切のゴミは再びリュックサックに入れて持ち帰りましょう。(^o^)

ジャングルに潜む危険

遺骨収集奉仕活動では、多くの危険が潜むジャングル内を歩かねばなりません。冬眠ではなく休眠しているらしい毒蛇のハブ、艦砲砲弾や手榴弾などの不発弾の存在、岩場を登ったり降りたりする際の滑落事故、洞窟内での落盤や酸欠事故などなど…。

登山とは違って、遺骨収集奉仕活動では、ジャングル内に様々な危険が待ち受けています。それら危険リスクを、自ら招き寄せないようにする為に、これから解説させて頂きます。(^o^)

ただ、この危険リスクの文面を読み、ためらいが生じて、「遺骨収集奉仕活動しようと思ったけど止めた」 となってしまうのは、私の本意ではありません。過度に脅すつもりは全くございません。実際に沖縄での遺骨収集奉仕活動で、ハブに咬まれたとか、不発弾が爆発して死んでしまったとか、洞窟内で酸欠事故により死亡したなどという話は、全くありませんからご安心下さいませ。(^o^)

考えるに、これまで各種団体により連綿と続けられた沖縄遺骨収集奉仕活動で、各種リスクによる死亡事故が発生しなかったのは、おそらく参加した大勢の先人たちが、しっかり危険リスクを認識して、相応の対応策をとったり、防護措置を講じたからに他なりません。ですから、これから遺骨収集奉仕活動を始めようという方々は、もちろん摩文仁ジャングル内に潜む危険リスクを、一度は学ばねばなりませんね。

繰り返しますが、過度に慎重になる必要はありません。今日までの人生経験のなかで学んだ危険回避の手立てで、十分対応できる事柄ばかりです。登山を楽しまれている方なら、その延長線上でリスクを考慮するだけで、無事に作業を終えられるはずです。

1,不発弾の取り扱いは慎重にする

摩文仁等のジャングル内で、一番多く発見するのは手榴弾です。次に艦砲砲弾や迫撃弾などですね。艦砲砲弾や迫撃弾については、原則として触ったり移動したりしないほうが良いと思います。過去の遺骨収集奉仕活動でも、これら不発弾を数多く見ていますが、移動しなければならない事態に遭遇したことはないですね。

でも収骨の為に移動しなければならない場合もあるかもしれません。その場合は絶対に単独で判断せず、ベテラン班長さん等の意見を聞いてから実施して下さいね。そして、どうしても移動しなければならない場合は、持ち上げた後に 「エ~クション」 なんて、クシャミを絶対してはいけませんよ。(笑)

過去に見てきたすべての手榴弾の信管部にあたる打撃する部分は腐食しており、爆発の危険を感じた時はありません。ですから過度に腫れ物にさわるような対応は必要ありませんが、もともと爆発して人体を殺傷する事を目的に作られた爆弾を取り扱う訳ですから、いつの時も警戒心を怠ってはなりませんね。

私の体験からしても、地面をクマデでガツンガツン、ガリガリと掘り続け、丸い鉄のかたまりが出てきたと思ったら、それは手榴弾だったという経験も多いです。そのような場合でも、手榴弾と認識した時点からは、慎重に取り扱いましょう。

沖縄における遺骨収集奉仕活動では、不発弾による死亡事故は発生していませんが、昨年の一月にも、糸満市小波蔵で水道工事中に不発弾が爆発し、2人の重軽傷者が出たばかりです。ふり返って見ても、2010年1月14日付けの 「琉球新報」 によれば、敗戦後の沖縄県全体では、これまで710人が不発弾の爆発事故で亡くなり、1200余名の方々が負傷しているという事実があります。

ちなみに昨年の糸満市小波蔵の大爆発も、ショベルカーのノズル刃先で、地面をガンガン・ガリガリと掘削する作業中に発生しているのです。私個人的な考えですが、不発弾が爆発する基因は、おそらく 爆発=生きた火薬+火花+打撃 だと考えられます。

私はやった事がありませんけど、手榴弾の火薬に火をつけると今でもしっかり燃えるそうですが、爆発したりはしませんので、やはり火花とともに、火薬への打撃も、爆発の重要な要因であると考えられます。

こうした状況ですから、安心して下さいませ。私達の遺骨収集奉仕活動で、火花が出るほど土を掘りまくるというような、鉄人28号みたいな参加者は居ませんから。(笑)

但し、目から火花が出るほど、真剣に取り組んでいる人は大勢居ますけどね。(^^)

不発弾の様子

手榴弾の様子

平成21年1月25日、第36回金光教沖縄遺骨収集奉仕活動にて撮影したものです。手榴弾の取り扱いについては、あまり神経質になる必要はありません。手榴弾が実戦でどのように使われるかは、多くの人が映画やテレビなどでよく見るのでご存じですよね。まずは安全ピンを抜いて、信管上部を靴底で叩いて(^^;)、放り投げる…。という事で、遺骨収集で手榴弾が出てきた場合は、撃針や雷管が納められている信管部分に強い衝撃を与えないようにすれば、持って移動させても問題ありません。

これまで沖縄遺骨収集奉仕活動で他団体も含めて、手榴弾が現場で爆発したという話は聞いた事がありません。手榴弾も爆発物の一つと理解し、慎重に取り扱えば大丈夫です。ピン部分にもテープが巻いてありますね。金光教の信者さんがテーピングしたものと思われますが、これがプロフェッショナルな仕事というものですよ~ (^o^)。
【平成21年(2009年)1月撮影】

手榴弾の様子その2

平成22年2月19日、私と遺骨収集の大先輩である国吉さん、吉井さんの三人で摩文仁南側海岸線を調査中に発見した手榴弾です。この手榴弾は日本軍が使用したものと比べ、丸みを帯びていますが、米軍が使用した手榴弾だそうです。パインのツブツブのような形が見てとれますが、その一粒一粒が爆発した際に飛び散り、人体に食い込み或いは貫通して、人間を殺傷するという訳ですね。
【平成22年(2010年)2月撮影】

遺骨収集手順の様子14

手榴弾ですが、「九十八柄付き手榴弾」と呼ぶようです。木製部分を持って投げるようです。この形式の手榴弾を見たのは、後にも先にもこの一回きりでした。とても珍しいと思いましたので、ご紹介させて頂きました。
【平成25年(2013年)2月撮影】

艦砲砲弾二発と手榴弾の様子

平成23年2月14日、私と松永氏の二人で、摩文仁南側海岸線を調査中に発見した艦砲砲弾二発です。また右側の艦砲砲弾の付け根に、手榴弾があるのが見てとれます。九十七式手榴弾だと推測されます。この艦砲砲弾は私達が初めて発見したのではなく、すでに赤テープが巻かれていました。その赤テープも古くて目立たなくなっていたので、私が更に赤テープを巻きました。
【平成23年(2011年)2月撮影】

艦砲砲弾の様子

艦砲砲弾の不発弾ですが、大きいですね~。長さは見えている部分だけで約32センチ、直径は約15センチありました。不発弾の上には幾重にも大きい岩小さい岩が重なっていたとの事、これは艦船からの砲撃が繰り返されたと言えるのではないでしょうか。何度も不発弾が動くような事があってはなりませんから、不発弾と視認した以降は、この近辺での作業は禁止という事になります。

沖縄では艦砲砲弾などの大型爆弾の不発弾が発見されると、半径数百メートルの範囲を立ち入り禁止にして、自衛隊の不発弾処理班が撤去作業を進めます。これは全国ネットでテレビニュースとして放送される事もままありますよね。摩文仁で発見される艦砲砲弾も本来ならそのように、極めて慎重な取り扱いが求められる訳ですが、一方で体験的にあまりシビアに捉える必要もないと思えます。

という事で、遺骨収集奉仕活動における艦砲砲弾の取り扱いについては、「発見した以降は打撃や衝撃そして振動を与えないようにする。そして絶対に移動させない」という事になると思います。また近年、手榴弾や艦砲砲弾等の爆弾については、発見次第、警察に連絡するよう所管団体から連絡がありましたので、その通達以降は金光教の遺骨収集でも、逐次警察に連絡するようになっています。
【平成26年(2014年)2月撮影】

遺骨収集の様子44

ワオッ、凄い。艦砲の不発弾です。デカいですね~。長さは60㎝あります。すでに古びた赤テープが巻かれていましたので、かつて金光教の遺骨収集で巻かれたものと思われます。金光教が最後にこの地に収集に入ったのが、平成14年の第26回の時ですから、今から13年前という事になります。今回はこの不発弾発見現場までビニールテープが張られていますので、遺骨収集が終わったら自衛隊による不発弾処理を御願いする予定です。
【平成27年(2015年)2月撮影】

2,洞窟内の落盤、酸欠に注意する

摩文仁一帯は、大きいものから小さいものまで含めると、かなりの数の自然洞窟がありますが、玉泉胴のような華やか鍾乳石に彩られた観光に耐え得るレベルの洞窟は無いですね。石灰岩は酸に解けやすいという性質から、大気中の二酸化炭素を含む雨水などにより、浸食されて穴が開いたとされる自然洞窟が圧倒的に多いですから、首里以北の戦線であった嘉数・前田・浦添・シュガーローフ等における、工兵隊が構築した構築壕のように、落盤や崩落事故の危険性は高くはありません。

ただし詳細に観察すれば、巨大な破壊力を持った艦砲砲撃による打撃を幾度も受け続けたことにより、巨大な石灰岩の岩盤にひび割れが複雑に入り、「崩落するかもしれない…」 と感ずる洞窟が多いという点に注目しなければなりません。摩文仁を歩くと洞窟内外の岩場で、巨岩が極めて不自然に裂けているのを目にする事ができます。これは艦砲砲弾の、私たちの想像を遥かに超えるすざましい破壊力を目の当たりにする一瞬でもあるのです。

洞窟内に目をやると、沖縄戦最中かそれ以降かは不明ですが、崩れた岩盤や落盤したと思えるガラが山のように散乱している洞窟を数多く見る事ができます。ですから摩文仁では、自然洞窟だから安心と思わずに、地表面に近ければ近いほど、艦砲砲弾によって激しく打撃を受けているはずだと考え、洞窟内入るときは、まず頭上の岩盤のヒビや、すでに落盤しているかどうかを判断材料にしながら立ち入り、洞窟内での調査を行わなければなりませんね。

酸欠や有害ガス滞留についてですが、硫黄島は現在でも火山活動が継続しており、戦中も事故がありましたし、戦後の遺骨収集奉仕活動でも死亡事故が多く発生したそうです。硫黄島のガスは、硫化系の有毒ガス、つまり卵が腐ったときのような臭いがするものにやられるという話です。またガス発生に伴う酸欠により死亡事故に至るようです。

火山活動が無い摩文仁一帯は、硫化系の有毒ガスの心配は、ほぼ無用と思われますが、可能性があるとすればやはり酸欠事故ですね。金光教の遺骨収集奉仕活動でも、洞窟内での調査では、ロウソクを灯しながら前進したり作業する事を推奨しています。(ロウソク使用上のメリット・デメリットは、「服装・装備」コーナーのロウソクの項目をご覧下さいませ)

ただここでも脅すつもりはありませんよ。これまでずっと、私や他の参加者も、数え切れないぐらい洞窟に入っていますが、一切の酸欠事故に遭遇していませんし、「ここはもしかしたら酸欠空間?」 と、違和感を感ずるような、差し迫った危険すら感じたことがありません。

ですから、ここでは私も体験したことのない、酸欠空間とはどのようなものなのかという事だけを、書き記しておきたいと思います。

「服装・装備」リストのコーナーと重複してしまいますが、私たちが接する通常空気の組成は、酸素が21%含まれています。これが通常の半分ぐらい、つまり10%程度になると、筋肉が動かなくなり、危険を感じても "動けず叫べず" という状態になり、三分の一ぐらい、つまり6%以下になると、一回の吸気でも瞬時に近い形で気を失い倒れ込んでしまうそうです。

酸欠空間ではこのように "自力では逃げられない事態に陥る" という点だけは、しっかり把握しておく必要がありますね。つまり誰かの力を借りなければ、酸欠空間からの脱出は出来ない可能性があるという事です。救助される側、救助する側に立つ配置を考えると、洞窟内へ前進する際は、それぞれが数メートル以上の間隔を開けて前進すれば、全員が一度に倒れ込むという、最もやっかいな事態に遭遇するリスクを減ずることができると思います。

開口部が一カ所しかない場合、横穴洞窟よりも縦穴洞窟のほうが、酸欠空気や人体に有害な硫化系ガスが滞留しやすいとされていますので、縦穴の場合は、とにかく人と人の間隔を開け、それぞれがゆっくりと歩みを進めることが大切です。

特に下に降りていく場合は、勢いがつきやすく、バタバタと降りてしまいやすいので要注意です。人体に有害なガスは、沈殿している場合が多いのです。いずれにしても洞窟に入るに際し、最も大切なポイントは、わずかでも異常を感じたら、速やかに引き返すという勇気を持つことが重要です。

酸素濃度計の様子

これが酸素濃度計ですね。現在数値が21%と表示されていますが、通常の酸素濃度は21%という事ですから、器機は正常ということになります。平成25年2月には、この酸素濃度計を持って壕に入りましたが、入り口から2メートルぐらい入った所で警報音が鳴ってしまい、入壕を断念するという事がありました。しかしながら、このような酸素不足の壕というのはまれで、ほとんどの壕は心配無く入っていけるとおもいますが、壕はとても危険な場所とも言えますから、入壕に際しては十分に注意して入るようにしましょう。
【平成25年(2013年)2月撮影】

3,毒蛇のハブに注意する

遺骨収集奉仕活動における、大事故の御三家といえば、不発弾の爆発事故、洞窟内の酸欠・有毒ガス事故、そして毒蛇のハブに咬まれる事故、の三っつと言えるでしょう。でも他の二つはともかくとして、このハブに咬まれるリスクについては、実際問題として、冬期に行われる遺骨収集奉仕活動では、まずご心配無用と言ったところですよ (^o^)。

私も26年間通いましたが、ハブに遭遇したのは、たった一度だけ。岩を除けたら、そこに居ました。ハブもビックリしたでしょうが、私もビックリしました。でもハブ君は眠っているせいか、ほとんど動きませんでした。私は急いでその場を離れて、一件落着と相成りました。

他の参加者にしてみても、過去にハブを捕まえて帰ってきたという事例が二つぐらいありますが、ハブを見たという話しは、思いのほか聞きませんね。なおかつ嬉しい話として、かつ驚く話として、年間を通して遺骨収集を続けている地元のKさん曰く、「ハブに咬まれる心配はしていないよ。だいいち居ないよ」 こう宣っていますし、断言していました。とても信じられない話に聞こえますが、実際に夏場でもほとんどハブと遭遇していないそうです。

いかがでしょうか。この話を聞けば、クマデを持つ手にも力が入ろうというものですよね。(笑)

4,転倒や斜面での滑落に注意する

登山道を歩く登山やハイキングと違い、遺骨収集奉仕活動では、道を避けるようにして前進しなければなりません。極めて高いリスクに直面しながら、目的を達成しなければならないのです。手榴弾や艦砲砲弾等不発弾の爆発事故や、洞窟内の酸欠・ガスによる事故は、ひとたび起これば大惨事となりますが、ごく常識的な注意義務を果たしていれば、まず遭遇することはありません。摩文仁ではほとんどその発生の可能性はないし、実際にこれまでも無かったと書きました。ですから、これから解説する記事については 「狼少年がやって来た!」 と捉えても結構です。

実際問題として、これら爆発事故や酸欠事故よりも、はるかに高い確率で起こりうる事態があるのです。それはジャングル内を移動中に転倒したり滑落したりした際に、結果として発生する外傷や捻挫そして骨折事故です。

軽くあしらってはいけません。ちょっとした転倒といえども、こちらのほうこそ、打ち所が悪かったら死に至るかもしれません。ジャングル内を歩くに際し、どのような点に注意したらよいのか三項目を列記してみました。(^o^)

A. 踏み出す一歩に注意!!

戦後60余年を経過して、ジャングル内は、落ち葉または腐葉土の堆積が進んでいます。その落ち葉の下は 「地獄だったりするのです」。 アッご免なさい。また脅してしまいました。(^_^;)

ジャングル内では、踏み出す一歩に注意しなければなりません。草の葉や堆積する落ち葉の下には、穴があるかもしれません。また穴が無くとも、浮き石に乗ったら、容易に転倒してしまいますよ。 転倒したら、たいがい痛い思いをしますし、倒れ方が悪ければ、捻挫や骨折事故に至る可能性大です。

しっかりとゆっくりと、足下の地盤を確認しながら、一歩一歩の歩みを進めていかなければなりません。ジャングル内を歩くに際しての一番のお手本といえば、ドロボウ屋さんの歩き方かな。しかも、間もなく家屋に侵入しようという時の歩き方です。

1,膝を少し曲げ気味にする。 2,重心を低くする。 3,重心をゆっくり移動する。

ドロボウ屋さんの歩き方と唯一違う点は、音を出しても良いという点ですね。(笑)

彼らの 「技ありの体重移動」 は、どこで学んだのか!。やっぱり実戦ですか~。(笑)

膝をわずか曲げ気味に歩くと、重心を低く保持しながら歩くことが出来ますのでお勧めです。また疲れてくると、どうしても膝が立ちやすくなります。 膝が立つと重心が高くなり、転倒時のダメージも大きくなるので、作業の合間を見ながら、膝の屈伸運動をしたりすると、大腿四頭筋のパワーが復活してきますのでやってみてください。

遺骨収集奉仕活動では、集団からはぐれてしまうほど遅く歩くのは困りますが、急いで歩く必要はまったくありません。ご自分のペースで歩くことが最も大切であり、そうする事が安全につながりますし、自分の歩くペースだからこそ精神的集中力も増し、結果的に御遺骨の発見率も高まるのです。

B. 枯れ木に注意!!

前進したり、斜面を登ったり降りたりする際に、どうしても立ち木につかまりながら、「ヨッコラショ」 とやってしまいがちです。でもこれが大いなる惨事の始まりなのですよ~。

ジャングル内には、枯れ木や枯れた蔓がいたるところにあります。これら枯れ木などに無警戒に体重を預けると、どのような事態を招くかは、一度でもジャングル内を歩いた経験のある人なら、誰でも雄弁にして具体的、かつ説得力ある説明ができるはずです。(笑)

実際に私も何度転んだでしょうか…。ただ幸いに転び方が上手かったのか、単に痛みに鈍感だったのかは定かでありませんが、骨にヒビが入ったかな? と感じた危機的な体験が一度だけありましたが、あとはちょっと痛い思いをしたというレベルで済んでいます。

実際問題として、立ち木につかまらずに斜面等を移動することは不可能ですから、大切なポイントは、すぐに立ち木に寄りかかり体重を預ける事をせず、まずグイグイと立ち木や蔓に力を加えてみて、枯れ木や枯れ蔓で無い事を目でもしっかり確認してから、徐々に体重を預けるようにしましょう。

但し、蔓を握り体重を預けようとする場合、もうひとつ注意すべき点があります。沖縄のジャングルでは、蔓と見えて実は樹木の根であったという場合も結構あるのです。場所によっては蔓よりも根の方が多いといえる程です。蔓でなく根であった場合に特に言える事ですが、根の上の方が岩ないし土壌に潜り込んでいる場合が多いです。その場合において根に強い力を掛けた際に根が揺れたりすると、根の周囲の岩や土壌が動き落石が発生する可能性が高いのです。

ですから、蔓や根に強い力を掛ける場合は、なるたけ垂直方向に力を掛けるようにし、かつ根の上の方がどのような構造になっているのかしっかり観察してから体重を預けるのが、事故を未然に防ぐ事に繋がるでしょう。

蔓や根に注意する事以外に、ジャングルで特にアダンには要注意ですよ~。アダンは人間で言えば「詐欺師」みたいなものです。(笑)
アダンは、完全な枯れ枝を、ものの見事に生きている枝に見せてくれますから、皆さんご用心下さいませ。

C. 坂道での落石に注意!!

山の斜面や洞窟内の斜面では、一般的な登山と同じように、浮き石を低い方に落としてしまいがちです。いわゆる落石の発生ですよね。はっきり言って、私もヒヤッとさせられた体験が何度かありますし、逆に他のメンバーをドヒャッとさせた事が何度かあります。 ごめんなさ~~~い。

浮き石を下に落としてしまうというのは、意外と予測不可能な事も多いんですよね。だからといって、ごめんなさいで済まない事態になったら大変ですから、それなりの防護措置をとらなければなりません。

一番大切なポイントは、斜面を登ったり降りたりする際に、人と人との間隔を十分に開けるという事に尽きます。間隔を開けておけば落石が起こっても、上にいる人がすぐに「石が落ちたよ、逃げて!」 と叫べは、下の人はかなりの確率で落石を避けられますからね。岩の斜面や、急な坂道の登攀については、落石を発生させないように注意しなければなりませんが、その前に本人が斜面から転がり落ちたら大変ですよね~。

ですからより安全に登り降りするためのポイントとして、岩山&坂道が急になればなるほど、山側を向いて登り降りする 事をお勧めしますよ。 降りはちょっと歩きにくい事は確かですが…。山側を向いて登り降りすれば、必ずや斜面から落っこちる可能性もかなり低くなりますし、相対的に他のメンバーの安全確保にもつながります。

足腰の弱い方、筋肉の少ない方は、もう一段の安全対策として、山側を向きお猿さんになったつもりで、両手も使い四つ足で登り降りするようにすると、雨の日のスリップ防止対策になるのはもちろん、相対的に岩山&坂道登攀の安全性が格段に高まりますよ。

遺骨の発見率を上げるために

近年では、御遺骨の "完全一体" を見つけて収骨しても、その骨の総量は寂しいほど少量となりましたね。また御遺骨の発見そのものも減少の一途をたどり、小さな骨片すらまったく発見できないまま、作業終了と相成ることも珍しくありません。

「昔は…」 と語ってみたところで、何の助けにもなりませんが、自然は無慈悲にも、私たちの熱情と努力とを無視するかのように、御遺骨との距離を引き離しにかかっています。悲しいかな御遺骨は、経年による骨の滅失、毎年確実に積み重なる落ち葉と腐葉土、洞窟内の落盤、台風や大雨などの荒天による土砂堆積や流出などにより、益々発見困難な状況へと追いやられつつあります。

御遺骨を発見する事が、極めて容易ならざる事態に直面しているというのは、認めない訳にはまいりません。あたかもジャングルは、人間が入ってくるのを拒んでいるかのように、繁茂する草木で地表面を覆い隠しているのを目の当たりにすると、「もう駄目だ!」 とクマデを放り投げたくなったのも、一度や二度ではありません。

しかしながら、まだまだ摩文仁には、沖縄戦戦没者の一定の未収骨が存する事もまた明らかです。

私たちは、そんな大自然の仕打ちに負ける訳にはまいりません。自然の私たちに対する "いじわる" には、知恵で対抗しようではありませんか。(笑)

1,遺骨収集奉仕活動に数多く参加する

あまりにもあたりまえな話なので、「発見率を上げるためのポイント」 に掲載するまでもないと思ったのですが…。 やはり掲載する事にしました。

仕事はもちろんそうですし、スポーツや趣味やお稽古事もそうですよね。数多く体験することこそが上達への近道というわけです。"誰でも最初は初心者だ"という言葉もあります。さすがに御遺骨は、里山のキノコ狩りのように簡単に見つけることは出来ませんよ。

"苦節何年" という言葉もあります。初心者には決して真似のできない、体験を積み重ねることによってのみ、見えてくるものがあるというのもまた事実です。

経験を積むことにより、「御遺骨を見つける」 のではなく、ジャングルの地肌にほんのわずか露出している御遺骨が、「骨の方から目に飛び込んでくるようになる」 のもそのひとつですよ (^o^)。

2,ジャングル内は楽なコースを歩かない

摩文仁之丘は、戦後60余年、数え切れないほどの、あらゆる諸団体が遺骨収集で入っています。「遅れてやって来た私たち」 という訳ですよ。 (笑)

そういう訳ですから、なまなかな事では、とても御遺骨は発見できません。 キッパリ。つまり同じ場所を、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、人が歩いているという訳ですね。そのような人が歩きまくった場所を、これまた同じ目線で同じように歩いても、新たに御遺骨が発見される可能性は、無いとはいいませんが、可能性は低いとみて間違いないでしょう。

早くも結論としては、動物しか歩かないような、誰もが敬遠するような場所を歩く事を、ぜひ推奨したい訳なんです。「人の裏をゆけ、宝山」 といったところでしょうか (笑)。

このようなルートは、とても疲れます。 しんどいです。 ヘトヘトになります。 お腹が空きます。しかしながら、イノシシになりきって、藪を突進するのみです。成功を祈ります。(笑)

3,敗残兵や避難民になりきる

沖縄戦では、気の遠くなるような膨大な砲弾が、大地に打ち込まれました。「鉄の暴風」 とも形容されるこの砲弾の餌食になるかどうかは、運次第だったともいわれています。

摩文仁のジャングルに入ってみると、巨岩がバックリ割れていたりと、艦砲砲弾の恐ろしくも巨大なる破壊力を目の当たりにすることができるのです。また摩文仁では掃討戦に入っている訳ですから、艦砲砲弾だけでなく、広範な場所を一瞬のうちに火の海にするナパーム弾や、空中からのガソリン散布の後に火をつけられたりして、摩文仁は岩場であるにも関わらず、二千度を超える火炎地獄となり、驚くほど長時間燃え続けたといいます。

また火炎放射戦車や、携帯用の火炎放射器により、人が隠れていそうな草陰は見事に焼き払われていきました。敗残兵や避難民は、降りかかる猛火に耐え、砲弾のすざましい爆発音と襲いかかる砲弾鉄片や硝煙、飛び散る土石を浴びながら、空腹や喉の渇きに苦しみながらも、殺されないために窪地に穴蔵にと逃避行を続けたのです。

遺骨収集奉仕活動を始めるにあたり、摩文仁とはそうした戦没者の流した涙と血が染みこんだ惨劇の場であり、艱難の大地であったと、まず認識しなければなりません。そのうえで、「御遺骨は目で探すもの」 と思ってる方がいらっしゃるとすれば、それは大いなる誤解です。御遺骨を目で探すと、トンチンカンな場所を探すことになりかねません。

御遺骨は二つの目ではなく、心眼で探すものなのです。
すなわち、心を沖縄戦の渦中にタイムスリップさせ、自身が戦場の敗残兵になりきって、または避難民になりきってのち、目の前に展開する "地形を読む" という事がとても大切なのです。

地形を読み、自分が逃げ込みたいと思った場所――。 そこに御遺骨が散乱している可能性があるのです。

4,沖縄戦当時の地形をイメージする

戦後60余年が経過して、御遺骨は益々見つけにくくなっているのはご承知の通りです。毎年毎年堆積していく落ち葉と腐葉土。 私たちの作業を邪魔するかのように増殖しながら絡まる草木の根。台風や大雨による土砂の流出入、そして汚泥の堆積。

あるいは洞窟内外での落盤や崩落といったところが、私たちのささやかな努力を、葬り去ってしまう諸原因ですが、これら自然の圧倒的パワーに立ち向かうには、私たち遺骨収集奉仕団は、土建屋さんになる以外に打つ手はありません。(笑)

私たちは摩文仁に参集するにあたり、「探す」 という心づもりよりも、「掘る」 という覚悟を持って集う必要があります。繰り返しますが、沖縄戦当時の地盤は、繁茂する草木で覆い隠され、落ち葉と腐葉土に埋もれ、土砂が覆い被さるなど、年を追う毎に摩文仁から消えつつあります。

避けがたい強大なる大自然の為せる技、自然の連綿と続く大地での営みを理解しつつも、私たちもまたその間隙を縫って、沖縄戦当時の地盤に到達し、御遺骨と出会わなければならないのです。

御遺骨となった彼ら彼女らは、今でも沖縄戦当時の地盤にて、私たちの到達を待っているのですから ――。

「遺骨収集の諸注意点」を最後まで読まれた皆様の中には、これまで遺骨収集をやった事が無いけど、自分にも出来るものならやってみたいな…。と思われている方がきっといらっしゃる事でしょう。遺骨収集の体験者として、そうした思いを持たれた皆様には心から敬意を表したいです。このWebサイトが、皆様のそうした尊い発起心への、ほんのわずかでも背中を押す役割を果たせたなら、こんな喜ばしいことはありません。(^o^)

沖縄のジャングルにて人知れず今も眠り続けるご遺骨は、すでに半世紀以上の歳月を経て、ご遺骨は益々小さくなりつつ、何事も無かったかのように静かに消え去る運命のただ中にあると言えますが、まだ決して遅くはありません。

なぜなら “遺骨収集とは、終章のない慰霊の旅” なのですから…。私達児孫の願いであります、誰にも看取られずに戦野で非業の死を遂げられた戦没者のご遺骨を、どうぞ皆様の血の通う温かな手で一片でも拾い上げてやって下さいませ。m(_ _)m

★ 初めて遺骨収集奉仕活動に参加される皆さまへ、
大いなる学びと、かけがえのない体験ができます事を祈っていますよ。(^^)/

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