摩文仁海岸

1月30日(土) 遺骨収集事前調査(林先生他4名)

今朝の天気予報は、雨が降ったりやんだりの天候で、最高気温は20度の予報です。摩文仁到着時の天気は曇り空でした。途中で雨が降る可能性がありますが、ルートの調査であり遺骨収集する訳ではありませんので、ひどい降りにならなければ、全く問題ないと言えますからね。まずまずの気象状況のなか作業が出来そうです。(^o^)

金光教の遺骨収集は今年の第43回をもって終了となります。林先生は金光教遺骨収集の最後の収集地域を選定するにあたり、何度も「少なくとも沖縄国立戦没者墓苑の背面に御遺骨が残されているのは誠に相済まない事である」と語られていました。そうした経緯から、最後の収集地域は二年以上前から国立戦没者墓苑の背面と決められていたのです。

という事で、本日の調査地域は国立戦没者墓苑の背面が予定されています。
ただこの地域は平和祈念公園に含まれない、背後の海に連なる斜面という事になりますが、この地域は摩文仁の崖下にあると言っても過言ではありません。この崖の行き来が極めて困難であり危険を伴う移動となりますので、そうした観点でお年寄りや女性でも安全に崖を通行できるのか、しっかり確認しなければなりません。

金光教沖縄遺骨収集奉仕は43回の歴史を刻んでいます。こうした歴史ある奉仕活動の最後で、滑落等の人身事故が発生したら一大事になってしまいますし、この遺骨収集奉仕活動は、第26回までは金光教の教団全体の奉仕活動という位置づけで、これまで延べ一万人を超える信奉者の方々が、鋭意努力しつつ積み重ねてきた輝かしい伝統の行事に、最後の最後で汚点を残すという結果にもなりかねません。ですから今回の最重要確認事項として、二日間安全が確保されるか、即ち無事故で終えられるかどうかが一番の懸案です。

今年は最終回という事で、参加人数も増えることが予想されます。実際に林先生によりますと、本日の段階で例年以上の申込があり、常連さんはこれから申込が続くとの予想ですから、今年はジャングルに入り遺骨収集をされる方が百名を超えると予想されます。そうした増員傾向にある状況で、今回の一番の問題は収集地域に入るのに、通行が困難な狭くて危険部分も多い崖を行き来しなければならないと言う点です。狭くて危険な崖部分の通過に長時間を要してしまえば、実作業が短縮するという事態も心配されます。

ですから必ず通過しなければならない危険な崖の通行ルートが一カ所のみだと、一人30秒掛かるとして、百名の方が崖を通過し終えるのに一時間近くかかる恐れがあります。そこで崖を通過するのに、二つのルートを設ければ、半分半分の五十名が一カ所を通過すれば良いので、崖を通過する部分で予想される大渋滞の列も半減されるでしょう。

という事で、本日は通行が困難な崖の部分に二つの安全な通行ルートを開設できるかどうかを併せて調査する予定です。便宜上この二つのルートは、国立戦没者墓苑から見て、東の方向にあるルートを「東側ルート」、西の方向にあるルートを「西側ルート」と呼ぶ事にします。(^o^)

二つのルートのうち、西側ルートが基本的にメインのルートとなります。と言いますのも西側ルートの方が予定されている収集地域に近いですし、初心者の方には恐怖感を抱かせる洞窟内の通行が無いなど、相対的に歩きやすいと言えますからね。ですからどちらか一カ所しか安全なルートを開設できないという事態になりますと、西側ルートのみ必ず開設するという事になります。林先生は両ルート共に歩いた事がないので、今回の調査で両ルートを林先生に歩いて頂き、「70歳台の参加者でも安全に行き来できる」(ちなみに林先生も70歳台に該当します)という事を絶対的必須条件として、ルート開設の是非を最終的に判断して頂く予定です。

全ては最高責任者たる林先生の決断次第と言う事になります。私たちも日頃経験する事も多いですよね。物事は複眼で見ると、思いもよらない視点での指摘やアイデアが出る事があります。本日の事前調査では五名が参加していますので、鋭い指摘を大いに期待したいです。摩文仁の地形を他の誰よりも知り尽くしている私が、そうした視点を引き出すべく、両ルートを林先生の歩くペースで、じっくりとご案内する予定です。

繰り返しになりますが、最終回となる今回の金光教遺骨収集で、最重要な事柄は、「43年という歴史を刻んだ金光教沖縄遺骨収集を無事故で終える」という点にあります。これはいかなる事があっても達成しなければならない絶対的命題であると言えるでしょう。今回は最終回と言う事で、70歳台の方や初参加の方も多いと聞いております。今日と明日の二日間、初心者等そうしたジャングルに不慣れな方々の為に、クマデを振るい遺骨収集の本質を体感して頂きつつ、無事故で二日間の作業を終えるには何が必要か!!。安全を最優先にしながらも、こうした視点でしっかりと調査に取り組みたいと思います。(^o^)

 

午前の事前調査開始
2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.1

今日は林先生を含め総勢5名で調査に入ります。天候は雨が降る可能性があるという、あまり良くないコンディションですが、逆に捉えれば、本番の時に雨が降った場合、崖の部分やジャングルがどのような状態になるかを確認出来るとも言えますからね。今日雨が降った場合は有効に活用したいと思います。と言いつつ弱い雨が降ってきました。
ちなみに今日の調査地域は、国立戦没者墓苑の背面ですから、写真では左側の崖下という事になります。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.2

まずは東側ルートの調査に入りました。
冒頭で書きましたように、崖部分に二つのルートを設けるべく調査を開始しました。予定される両ルートは、難易度からみるとどちらも同じぐらい困難なルートですが、今入ろうとしている東側ルートは、遺骨収集地域から見ると回り道になっている、そして狭い洞窟の中を通らねばならないという点で、西側ルートよりも若干 困難な点があるという事になります。しかしながら二つのルートを開設できれば、参加者を二分して崖下に降りてもらう事が可能となりますから、そのメリットは計り知れません。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.3

アダンが凄いですね~。(>_<)
アダンはバッサバッサと切り倒しても良い事にしましょう。何しろ一二年で同じジャングル状態に戻りますからね。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.4

アダンだけ…。という最悪の場所はようやく通過したようです。ホッとします。 (^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.5

30メートル前進しただけで、もうへとへとです。小休止しまょう。(^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.6

東側ルート上で一番の難所がここです。私が撮影するために立っている場所から、下に降りなければなりませんが、その差2.5メートルぐらいあります。足を乗せるポイントが結構ありますから、見た目ほど上り下りが困難ではありませんから、基本的にロープなど無くとも登れるのですが、あくまで70歳台の高齢者として視点で見なければなりませんからね。全て林先生に試して頂き、意見を聞きながら状況判断していきます。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.7

難所を降りますと、狭い谷底を進む事になります。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.8

谷底ですが、上空に結構な開口部がありますから、比較的空間は明るいです。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.9

嶺井さんか立たれている所からは、壕に入っていきます。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.10

完全に壕に入りました。手を掛けたり、足を乗せる位置などを考察すると、私たちのように慣れている人間には問題なくとも、高齢者にとっては、足を乗せる場所の位置が高かったりと、問題箇所も複数見つかりました。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.11

違うルートが無いかという事も併せて点検しています。ここは金城さんが調べて下さっています。(^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.12

松永さんが試しに降りていきました。段差が少なくて高齢者や女性でも、踏ん張ることなく楽に行き来できるルートを何としても見つけねばなりません。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.13

お昼が近づいて来たので、公園に上がることになりました。アダン部分については、もう少し近道のルートが無いか探す為に、入ってきたルートとは別のルートを進む事にしました。嶺井さんがアダンを切り開いてくれますので、グングンと前に進むことが出来ました。(^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.14

アダン帯は過ぎました。あと少しで公園に出ます。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.15

10回目となる摩文仁清掃奉仕は明日実施されますが、本日はその準備作業として、天理教の「災害救援ひのきしん隊」の皆さんが、ゴミを吊り上げるための滑車設置等の下準備をして下さっていますので、林先生が天理教の代表者の方にご挨拶する為にお伺いしました。ちなみに作業現場は、「沖縄師範健児之塔」の真横になります。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.16

林先生が天理教代表者の方とお話をされています。現場では準備作業が着々と進んでいますね。写真奥には「沖縄師範健児之塔」も見えます。
沖縄宗教者の会主催による摩文仁清掃奉仕も、今年は第10回を数えるまでになりました。 この清掃奉仕活動は、天理教の「災害救援ひのきしん隊」の皆さんが主導する形で作業が進められています。毎年本当にお疲れ様でございます。(^o^)

午後の事前調査開始
2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.17

さあ午後の調査開始です。午後は西側ルートの調査を行います。写真は西側ルートの入り口を写しています。生憎雨が降ってきましたが、本番の時に雨が降った場合の体験が出来るという点で、雨は歓迎という状況です。それでは入って行きましょう。(^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.18

近年では毎年ここを通っているので、草木の生長も遅れ気味になっており、若干道の痕跡が残るようになりましたね。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.19

ここからは岩の割れ目のような狭い所を降りていきます。結構な急勾配です。地面が土なので、雨の場合はとにかく滑ります。ズボンの裾等が泥まみれになるのは確実で、転んだらもう最悪です。(>_<)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.20

嶺井さんの足下をご覧下さい。岩があり高低差が大きく、高齢者が手足をしっかり掛けられるかをしっかりチェックしましが、ここは何とかなりそうです。(^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.21

遺骨収集本番でも、ご覧のように一列となって降りることになります。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.22

無事に難所を通過しました。西側ルートはここまで無事に降りられれば最大の難所は通過したと言って良いでしょう。後は二三か所ちょっとした難所があるだけです。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.23

ここも上から見ると結構な段差に見えますね。思いの外手足を掛けられるので、ここも合格です。(^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.24

ゴツゴツした岩場が続きます。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.25

比較的困難な岩場が続きますが、大きな高低差がないので、無難に通行できるでしょう。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.26

ここも狭いです。リュックサックを背負ったままでは通行不能なぐらい狭いです。(>_<)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.27

ここも狭いです。太った人はまず通れません。(^^;)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.28

崖と呼ぶ部分は無事に通過しました。(^o^)
ここから下側の全域が今年の調査・遺骨収集地域です。ここも通行するルートにする予定ですので、地形等をしっかり頭に入れていきます。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.29

地形は海岸に向けての下り斜面となっています。大きな岩のトンネルがありますね。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.30

この岩陰は結構条件の良い隠れ場所ですね。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.31

海岸が近づいて来たからでしょうか、或いは少しなだらかになって土が滞積しているのでしょうか、再び草木が茂っている場所に出てきました。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.32

海が見えるようになりましたね。ここまではルートとして使えそうです。(^o^)

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.33

今度は少し横にスライドしながら、斜面を登りながら進む事にしました。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.34

土が多いのか草が大きく成長しています。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.35

今年の遺骨収集地域は、海岸線付近で東西150メートルぐらいにする予定です。あまり広げても精緻な収集は出来ないという事をこれまでの体験から学んでいるので、約100人での二日分の作業ボリュームが確保される事を条件に、可能な限り幅は狭くする予定です。という事で、東側に進むのはここまでにして、進路を真上に向かって進むようにしました。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.36

ご覧のように再び崖部分に突き当たりました。さて進路を右にするか左にするか。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.37

海の方向を見ると結構地形がデコボコしていますね。思いの外海も近いです。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.38

お~艦砲の不発弾がありました。直径15㎝ぐらい、長さ35㎝ぐらいでしょうか。右上に赤テープが見えますね。数年前にこの地域で遺骨収集をしていますので、その際に赤テープを巻きました。ちなみに十数年前には、この不発弾は、なんと樹木の枝の上に乗っていました。木が成長して持ち上げたという訳です。その後台風などの強風で下に落ちたのでしょう。
この砲弾は私たちが沖縄滞在中に、自衛隊に回収してもらうように手続きを進めましょう。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.39

再び崖の麓に到達しました。林先生と相談して、一応ここまでのルートは確定という事になりました。遺骨収集における調査・収集地域の東端もここまでという事も了承して頂きました。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.40

大きな骨ですね~。松永さんによれば魚の骨だそうです。こんなデカい骨を鳥が運んでくるというのは考えられませんから、海岸線の方から強風で運ばれてきたのでしょうか…。海岸とはちょっと距離がありすぎて、その可能性も信じられないのですが…。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.41

この崖を登ろうとしても無理ですよね。この崖の中に壕(洞窟)があり、その中を通って帰ることになりました。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.42

ここが崖の中にある壕です。この壕は二層構造になっており、今から上階に上がっていきます。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.43

ここから上の階に上がります。ちなみにこの壕も東側ルートに含まれます。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.44

この壕には、ご覧のような遺留品が至る所に散乱しています。数え切れないぐらいの兵隊さんがここで亡くなっていると思われます。金光教の遺骨収集でも二回以上集中的にやっていると記憶しています。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.45

ここも結構狭いですね。

2016年1月30日/遺骨収集の様子 NO.46

壕から出ました。まもなく公園に出ますね。(^o^)

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